飲み屋斯々然々(かくかくしかじか) その12011/09/13 11:34

「たにし亭ありき」山口瞳・画

山口瞳水彩画「たにし亭ありき」


†最後のお見舞い 澤井ふささん

 今日この頃しばしば,いや、毎日のように「たにし亭」のことが思い出されてならない。

 私がそれだけ歳をとったということだろうか。三十数年前、それこそ毎日のように飲んでいた私が毎日のように通っていたお店だった。

 たにし亭主人、澤井ふささん。兄事していた飲み仲間の先輩と、介護施設にお見舞いに行ったのが、最後の別れとなってしまった。平成十六年二月十五日だった。

 部屋には作家山口瞳さんが晩年、閉店後のたにし亭を描いた水彩画が飾ってあり、おばさんのベットから、その絵は眺めることができた。

 おばさんは、もう僕らのことは分からなくなっていたようで、悲しかったが、昔のたにしの絵のそばで、幸せそうであった。

 それから三年後、おばさんは亡くなられたが、再度、お見舞いに行けなかったことは、世事に取り紛れていたとはいえ、今でもも悔やんでいる。おばさんは会いたい人に会えたであろうか、そのことだけが今でも少し気がかりである。

 たにし閉店後、おばさんはこの絵を自宅玄関に飾っていたので、遊びに行くたびにいつも眺めていた。ある時カメラを持っていたことがあり、おばさんにお願いをして、丁寧に複写しておいた。

 それが掲載の写真だが、原画はおばさんの死後、行方不明になったので、私の複写が後年、夫人の治子さんが瞳さんを追慕する「武蔵野写生帖」に活かすことができたのは、おばさんの大いなる配慮と思う。

 そのこともあって、たにし亭の常連だった友人の計らいで、治子夫人から掲載本をいただけたのは嬉しかった。

 しかし、旧たにし亭を描いた水彩画を見てびっくり。デジタル加工をした複写原稿を元にした印刷だったせいか、原画の持つ淡い黄味がかった色調は失われていた。

 あれ以来、気に病むことしきり、今回せめて、瞳先生の許せる範囲に復元を試みてみた。関係者の皆さんお許しを。

池袋昔日 その22011/09/06 09:15

池袋温泉(東京都豊島区)

七〇年代末 東京都豊島区池袋東


†駅から1分! 温泉がありましたよ

 いかにも場末めいた風情で、こんな写真を見ると、ついつい火事で燃えた日活などを思い出し、郷愁を感じるのは私ばかりではないでしょう。

 写真は、西口に抜ける山手線ガード下の専用通路を右へ、線路際へ出る三叉路にあった「池袋温泉」です。

 近くの名曲喫茶「白鳥」はよく利用しましたが、ここは前を通り過ぎるだけでしたので、当時の様子をご紹介できないのが残念です。

池袋昔日 その12011/08/28 08:24

懐かしき「人世横町」

七〇年代末 東京都豊島区池袋東


†人世横町かくありき

 目玉の水族館がリニューアルした池袋サンシャインがその昔むかしは東京拘置所だったことをご存知ですか?。

 そのお膝元にあった名物飲み屋街が「人世横町」。一番賑わったのは東京オリンピックの頃でしょうか、私は人世座で映画を観ていた青年でしたから、当時、そのすぐ裏の人世横町にはついぞ足を踏み入れたことはありませんでした。

 平成の御代、今だ健在なのは頼もしい限りですが、その中身は昔ののんびりとした佇まいなど、想像もつかない変わりようで、何とも残念なことです(老人の戯言)。

 そこで、三十数年前の写真を引っ張り出しましたが、いかがでしたか。